取材ノート

人権啓発ドキュメンタリー「ずっと助けてと叫んでた」

イメージフォレスト プロデューサー山口はるみ

フリーアナウンサーとしてTVやラジオの番組でパーソナリティを務めたのち、現在はナレーター、人権啓発のライターとして活動しながら、ドキュメンタリーの制作にも取り組んでいる。

性的虐待被害者が助けてと言えず、
大人が気づかない理由

 

虐待サバイバーほしおか十色(といろ)さんとの出会い 

 

2017年。虐待被害当事者や支援者が講演を行うあるイベントを取材した。

その時の講演者のひとりが、ほしおか十色さんだった。

子どもの頃、実父から性的虐待を受けたという彼女の話はあまりに壮絶で、大きな衝撃を受けた

客席から顔が見えないように、ステージには衝立が立てられていた。

「こんにちは。ほしおか十色です。この名前は支援者の方が付けて下さいました。『たくさ    んの特別な大人に出会う星の元に生まれた』から『ほしおか』。『十色』と聞くと、皆さ
   んは十人十色という言葉を思い浮かべると思いますが、私の名前はそうではなく、たった

 一人で十色の人生を生きた、『ひとり・といろ』という意味です。」

 

深くてよく通る、意志の強そうな、落ち着いた声だった。

彼女は、性的虐待の被害事実を誰にも言えないまま、10代から20代にかけて重ねた過酷な経験について、感情に流されることなく時系列に整然と語った。

自傷行為、援助交際、暴力団から強要された売春、薬物依存、ホームレス、レイプ。

30歳の若い講演者が語る内容はあまりに凄惨で、多くの聴衆は絶句し、会場は静まり返っていた。

私は昔から性犯罪が許せない。これほどの人権侵害はないと思ってきた。報道に携わり、その思いはより強くなったのだが、子どもを授かって公私ともに子どもについて学ぶようになった頃「性的虐待」という犯罪を知った。

ショックと憤りで手が震えたことを覚えている。

あれから10年。まさか自身の体験をステージで詳細に語ることができる被害当事者が現れるなど想像もしていなかった。

 

講演会の数日後、支援者の方を介して取材を申し込んだのだが、2次被害とならないよう、メールや電話での取材でかまわないと伝えたところ、「ぜひお会いしたい」との返事が返ってきて驚いた。

彼女と出会って2年以上が経つが、今でも彼女の決断や言動に驚かされることは多い。

人や状況を実によく観察していて、直感が鋭く、物事の判断がとても速いのだ。

初めて彼女と会うことになった日、私は朝からとても緊張していた。一体どんな言葉をかけたらよいのだろう考え続けていた。しかし彼女は、そんな私の杞憂を吹き飛ばすかのように「はじめましてー!!こんにちはー!」と、待ち合わせのカフェに颯爽と現れた。

衝立の向こうにいた人は、鮮やかな黄色のトップスがよく似合う、眩しいほどに溌剌とした爽やかな女性だった。

コロコロと朗らかに笑い快活に喋る彼女の、その明るい立ち居振る舞いに圧倒されながら、過酷な虐待の被害者がこれほどまでに心の回復を果たせたのは奇跡だと感じ、『たくさんの特別な大人たちに出会う星の元に生まれた』彼女が、一体どのような出会いを通して生きる力を取り戻していったのかぜひ知りたいと強く思った。

ほしおかさんのドキュメンタリーの二つのテーマ

ほしおかさんの承諾を得て、ドキュメンタリーの取材を始めたのは2018年の春。記録映画を作っている夫に監督を頼み、私は、ほしおかさんを支えた支援者や児童福祉の専門家など、十数人に連絡をとり、インタビュー取材の準備を進めるなど制作にあたった。完成まではほぼ一年を要した本作のレポートを書くにあたり、まずは、ふたつのテーマについてお伝えしておきたい。

 

ひとつは、「どうしたら子どもたちを助けられるのか」という本質的な課題だ。近年、児童虐待のニュースが断続的に大きく取り上げられているものの、私たち大人はまだまだきちんと向き合えておらず、未だ現状を変えるほどの大きな効果は生まれていない。

いったいどうしたら被害を受けている子どもたちを救い出せるのか、切実に知りたかった。

 

もうひとつのテーマは「支援者」だ。性的虐待を受けた被害者は、自尊心を破壊され、生きている価値がないと思いつめるようになる。周囲に支えてくれる人がいるかどうかが被害者の生死を分けるといっても過言ではない。ほしおかさんを再生に導いた方々をはじめ、福祉の現場の最前線にいる支援者からの具体的なアドバイスは、被害者の生きづらさを受け止める力が脆弱な今の日本の社会にとって大きな指針となるのではないかと期待した。

 

​取材を終えて。

この2つのテーマを元に取材を進めたのだが、制作を終えた今実感しているのは、想像を超える被害者の数の数の多さだ。また、この社会にいかに多くの加害者が潜んでいるかということも痛感した。

このDVDが完成した2019年、時を同じくして世界的な児童ポルノネットワークが摘発された。会員数は6万3千人。全員の逮捕には至ってないが、国際刑事警察機構、通称インターポールの事務総長は加害者たちに向けて声明を出した。

「我々はお前たちを見ている。そしてお前たちを裁きの場に必ず引っ張り出す」

ここ日本で、こうした強い決意を耳にすることはほとんどない。

この犯罪の大きな抑止力となるのは、社会の厳しいまなざしだ。

日本も国際社会に習い「私たちは見ている。加害者には厳罰を科す」という毅然としたメッセージを社会全体で発信しなくてはならない。

しかし日本のメディアや街中には、明らかに子どもを性の対象としたポスターやイラストがコマーシャリズムとして堂々と横行し、氾濫している。児童ポルノは簡単に手に入り、法整備も遅々として進まない中、加害者は裁かれることなく再犯を繰り返し、海外メディアからは「加害者天国日本」などと批判されている。

こうした現状を変えない限り、私たちは子どもたちの目に「加害者よりも弱い大人」として映ってしまうのではないか。力のない大人に、子どもたちが助けを求められるはずもない。

子どもが声を上げられる社会であるために、一人でも多くの方に「子どもへの性暴力は断じて許さない」という確固たる意思を共有し、協働していただきたいと願ってやまない。

このドキュメンタリーを通して、一緒にお考えいただけたら幸いである。

ほしおかさんが助けてと言えなかった理由

 

彼女は激しいDV家庭で育ち、幼い頃から恐怖の中で生きてきた。

家の中に安息の時間は皆無で、常に身の危険を感じながら緊張していたという。

そんな中、働きづめだった母親の留守中に父親からの性的虐待が始まる。

小学校5年生の時だった。

唯一の逃げ場所は小学校で、毎朝夜明け前に登校し、放課後は最後のひとりの先生が帰るまで下校しなかった。

ストレスで髪を抜くようになり、頭のてっぺんは禿げ上がっていたが、それでも誰にも相談できなかった。

 

なぜ助けを求められないのか、精神科医でもある福岡市児童相談所の所長藤林武史さんに説明していただいた。藤林さんもほしおかさんの支援者のお一人である。

 

「理由は様々にある。子ども自身が、自分のされていることの意味がわからなかったり、加害者から『これは通常の親子のスキンシップのひとつだ』と諭されたりもする。あるいは『誰かに喋って家族がバラバラになってもいいのか』と脅される。

加害者はいろいろな方法で子どもをコントロールしている。

また、ほしおかさんように、自分さえ我慢すれば家族はうまくいくのだと思い込まされることも多い」

 

ほしおかさんの父親は、性的虐待を行なった日だけは機嫌が良く、母親を殴らなかったという。

身を守る術もないわずか11歳の少女は「お母さんを助けたい」一心で耐え続けたのだ。

性的虐待の開示の難しさ

 

児童福祉司として、長い間被害児童と関わってきた河浦龍生さんは、保護した児童でさえ自分の被害を否定すると言う。ある事例を語ってくれた。

 

「性的虐待が疑われる子どもを児童相談所で保護したのだが、そんなことは絶対に起きていないと言い続けた。しかし、しばらくすると家に帰りたくないと言うようになり、半年ほど経過した頃ようやく自の身に何が起きたかをほんの少しだけ語り始めたのだが、被害感情が芽生えたのはさらに数ヶ後。 性的虐待の場合、こんなにも語れないのだと痛感した。」

 

ふたつの感情に引き裂かれる子ども

   

20年以上にわたり、子どもへの暴力防止活動を行なっている「にじいろグループ(佐賀県鳥栖市に拠点)」代表の重永侑紀さんは、こうした子どもの気持ちを代弁する。

 

「『誰かに助けてほしい』と願う切迫した感情を常に持ちながら、同時に、家族が崩壊してしまうことを恐れて『秘密にしなくてならない』とも思っている。意識しているとかしてないとか、そんなやわな感情ではなく、全神経をとがらせて全身全霊で隠そうとするので、周囲の大人はなかなか気づけない。

例えば担任の先生をとても信頼していたとする。その人が自分にとって大切な大人であればあるほど『この人に嫌われたくない。迷惑をかけたくない』という心理が働き、あえて明るく元気に振舞って理想の子どもを演じたりする」

 

SOSを出している子ども 気づかない大人

 

ほしおかさんも優等生だった。勉強もよくできる『いつもにこにこしている元気な明るい子』だった。しかし先に述べたように頭のてっぺんは禿げ上がり、毎朝夜明け前に登校し、先生が全員帰ってしまうまで下校しないなど、助けてとは言えなかったが無意識にサインは出していた。中学生になると校内を裸足で歩くようになったという。

それでも、誰からも「どうしたの?」と声をかけられることはなかった。

 

ほしおかさんは当時を振り返り「自分の中に別の人格がいて、時々に助けてくれた」と語る。

誰にも助けてもらえない絶望の中で、いわゆる解離を起こしていたのではないか。

性的虐待のように極めて深刻な虐待が、解離性同一性障害、いわゆる多重人格の要因となることは多くの専門書にも書かれている。意識だけでも体から切り離し、必死に現実から逃れようとするのだ。

さまざまな後遺症を発症

高校生になると性的虐待は終わったが、新たな苦しみが始まる。

長い間心を殺し、感覚を麻痺させてきた分、様々な感情が一気に溢れ出した。

自分自身に向き合うことがあまりに辛く、自傷行為を繰り返すようになり、摂食障害や薬物依存にも陥ってしまう。

 

「体に痛みがあると、その間だけ心の痛みを忘れられる」と、腕などをカッター等で傷つける、いわゆるリストカットをする若者は少なくないが、ほしおかさんの場合はふとももの内側などをざっくりと切り込むなど、命に関わるものも多かった。

 

必死に苦しさから逃れようとする中、藁にもすがる思いで「子ども相談電話」に電話をかけてみたほしおかさんは、かつて出会ったことのない大人の優しさ触れ、衝撃を受けたという。

 

「『大丈夫?』『辛かったね』と言われた時、強く抱きしめられたように感じ、心臓がぎゅうっと潰れるのではないかと思うほどの嬉しさをかみしめました」

 

ほしおかさんはこの時17歳。生まれて初めて温かい言葉をかけられ、心配してもらい、「いつまでもこの優しい世界に浸っていたい」と、そこから相談電話依存を発症してしまう。

 

毎日毎日、全国の子ども相談電話に片っ端からかけ続けた。当時、まだ携帯電話の「かけ放題」などのサービスはなく、月々の電話料金は20万以上になった。高校生だったほしおかさんは、援助交際でお金を得ようとする。にわかには信じ難い行動だが、この経緯については、当時よく電話を受けていた相談員の方の紹介と共に後述する。

 

自尊心を失った少女を待ち受ける冷酷な社会

電話代を工面する為に援助交際相手を探していたほしおかさんは、やがて暴力団員に見つかり、バラされたくなかったら組織の元で働けと、売春を強要されるようになってしまう。 

 

放課後になると暴力団員が待ち構えていて、毎日何人もの男性客の元へ連れて行かれた。

子どもの頃から、自分の体であって自分のものではなかった。

「自分の体にはもう何の価値もないと思っていた」ので従ったという。

人が生まれながらにして持っている「自分の体を守る」という当たり前の感覚を奪われたことが、闇の世界とつながる契機となってしまったと考えると、あらためて彼女の父親に心の底から怒りを覚える。

当時の日記を読み返しながら、ほしおかさんが語ってくれたことがある。

安らぎを求めれば求めるだけ、地獄のような世界に縛られていきました」

 

自尊心を持てない少女が暴力団に囚われてしまう危険は今も変わらない。家庭内に居場所がなく、自分に価値を見出せないまま街を彷徨う少女たちは、こうした組織に簡単に見つかってしまう。

今回の取材では性産業の裏側も見えてきた。

 

性産業に従事する女性たちの中に、性的虐待などの性暴力被害者がとても多いという事実を私たちは知っておかなくてはならない。アダルトビデオなどの性ビジネス全般に同じ構図がある。

被害者がさらに被害を受けているこうした現状を、社会は黙認しているのだ。

 

「ずっと死ぬことを目標に生きてきた私が、今こうして生きているのは支援者の皆さんのおかげなんです」過酷な環境の中を生き抜き、今は支援者としても活動しているほしおかさん。

 ここからは、その生きる力を再生させた支援者の方々をご紹介する。

ターニングポイントとなったのは、暴力団から彼女を救出した少年サポートセンターの堀井さんとの出会いだった。堀井さんは、のちに『ほしおか十色』の名付け親になった人でもある。

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